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京都地方裁判所 昭和59年(ワ)1788号 判決 1985年12月26日

原告 大阪信用組合

右代表者代表理事 川瀬徳之

右訴訟代理人弁護士 日置尚晴

被告 橋本均

<ほか二名>

右被告ら訴訟代理人弁護士 明尾寛

主文

原告の被告らに対する各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  原告

1  被告橋本均は、原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物を収去して、同目録(一)記載の土地を明渡し、昭和五九年一月二七日から右土地明渡し済みまで一か月金一〇万円の割合による金員を支払え。

2  被告河内久子、同河内富三子は、原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物から退去して、同目録(一)記載の土地を明渡せ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決、並びに仮執行の宣言。

二  被告ら

主文と同旨の判決。

第二当事者双方の主張

一  原告の請求の原因

1  別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という)はもと訴外辻昌子の所有であったが、抵当権実行の任意競売により、原告が昭和五八年一二月一六日、本件土地を競落して、その所有権を取得し、同五九年一月二六日右土地につきその所有権移転登記が経由された。そうすると、じ来、本件土地は原告の所有に属するものである。

2  ところが、被告橋本均は、本件土地上に別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という)を所有して、本件土地を占有している。

3  被告河内久子、同河内富三子は、本件建物に居住して、本件土地を占有している。

4  本件土地の賃料相当額は一か月当り金一〇万円である。

5  よって、原告は、本件土地の所有権に基づき、被告橋本均に対し、本件建物を収去して、本件土地を明渡し、昭和五九年一月二七日から右土地明渡し済みまで一か月金一〇万円の割合による本件土地の賃料相当損害金を支払うことを求め、被告河内久子、同河内富三子に対し、本件建物を退去して、本件土地を明渡すことを求める。

二  請求の原因に対する被告らの認否

1  請求の原因1の事実は不知。

2  同2、及び3の各事実は認める。

3  同4の事実は否認する。

4  同5は争う。

三  被告らの抗弁

仮に、請求の原因事実が全部認められるとしても、

1、(一) 本件土地上には、訴外坂田智男(以下「坂田」という)所有の家屋番号二八番八の建物(木造瓦葺平家建居宅床面積五五・八八平方メートル―以下「旧(一)の建物」という)が存在し、本件土地に隣接する土地(京都市山科区音羽千本町二八番七宅地六六・五一平方メートル―以下「隣接土地」という)上には、訴外新美大三(以下「新美」という)所有の家屋番号二八番七の建物(木造瓦葺平家建居宅床面積四七・〇七平方メートル―以下「旧(二)の建物」という)が存在していたが、右両建物とも昭和五二年六月一日取り毀されて、その後同年九月一二日に本件土地及び隣接土地にまたがって、その上に高木が本件建物を建築して、所有し、同年一〇月八日高木所有名義の保存登記を了した。

(二) ところで、原告は、昭和五一年八月二六日、当時の本件土地の所有者の坂田より、本件土地及びその地上の旧(一)の建物につき抵当権の設定を受け、同年同月二七日その抵当権設定登記が経由された。

(三) そして、原告は、抵当権者として、旧(一)、(二)の各建物の前記取り毀しに同意し、高木が本件土地及び隣接土地にまたがって、その上に本件建物を建築することを黙認し、異議申立をせず、あえて、本件建物に抵当権の設定を受けなかった。

(四) 本件土地及び旧(一)、(二)の各建物は、実質上高木の所有であったため、高木は、本件土地上に本件建物を建築所有するにつき、坂田から承諾を得、本件土地の使用を認められたが、これらの事実を原告は熟知していた。

(五) その後、本件建物は、高木から他の者へ所有権が移転し、訴外安田清子が所有することになったが、被告橋本均は、昭和五八年四月二五日右安田から本件建物を買受けてその所有権を取得し、同年同月二六日その所有権移転登記を了した。

(六) 一方、本件土地は、坂田から他へ所有権が移転し、辻昌子が所有することになったが、その間、本件土地上に本件建物が存在することについては、右土地所有者から何の異議申立もなく、右土地の使用は認められていた。

(七) そして、原告は、前記(二)の抵当権の実行の任意競売により昭和五八年一二月一六日本件土地を競落してその所有権を取得した。

(八) 以上の経緯によれば、民法三八八条に基づき、原告の右競落による本件土地の所有権の取得と同時に、被告橋本均は、本件土地につき、本件建物に関しての法定地上権を取得した。

2  被告河内久子、同河内富三子は、高木の親族であって、本件建物の建築の頃、本件建物の使用を許容されて、じ来これに居住しているところ、被告橋本均も被告河内久子、及び同河内富三子の右使用を認めて、本件建物を前記のとおり買受けたものである。

3  仮に、右1の法定地上権成立の主張が認められないとしても、

(一) 高木は、昭和五九年二月五日、原告との間で、高木が原告から本件土地及び次の(1)及び(2)の各不動産を代金合計金二一〇〇万円で買う旨の売買契約を締結し、右同日、原告に対し手付金六〇〇万円を支払った。そうすると、右売買契約の締結により、本件土地の所有権は高木に移転し、原告はこれを失った。

(1) 京都市山科区音羽千本町二八番一五宅地四八・九三平方メートル

(2) 同市同区同町二八番地一五、二八番地一六所在、木造瓦葺二階建床面積一階八九・〇四平方メートル、二階五七・九六平方メートルの建物のうち、家屋番号同町二八番一五、木造瓦葺二階建居宅床面積一階四一・七三平方メートル、二階二八・二七平方メートル

(二) 仮に右事実が認められないとしても、

(1) 前記1の(一)ないし(七)の経緯があった。

(2) そして、被告橋本均は、本件建物が存在する隣接土地を昭和五七年三月四日競売において競落代金三〇〇万円で競落して、その所有権を取得し(同年七月一三日その所有権移転登記を経由)、さらに本件土地の任意競売手続にも参加して本件土地を競落取得しようとしたが、原告が最低競売価額の三倍近い金額で競落してしまったのである。

(3) 以上の経緯によれば、原告は、被告橋本均が本件土地を競落しようとしているのを知り、かつ同被告が隣接土地と本件建物を所有し、本件建物が本件土地と隣接土地にまたがって建てられていることを熟知のうえ、右被告を窮地に追いつめ本件土地を法外な高値で買い取らせるべく最低競売価格の三倍を超え、土地売買相場に比しても極めて高額な金額(約一〇〇〇万円程度)で本件土地を競落(しかも、競落代金を原告自身が全額取得する方法で競落)して、本件土地の所有権を取得したものである。その上、原告は本件建物全部につき処分禁止の仮処分を行ない、被告橋本均の処分行為を封じたうえ、本件建物の一部について解体、撤去を求めているものである。そうすると、まさに、これは、「地震売買」とも言うべきものであり、信義則に照しても、このような原告の行為を是認することは許されず、原告の右請求は権利の濫用である。

四  抗弁に対する原告の認否

1(一)  抗弁1の(一)のうち、旧建物の取り毀しの日時が原告主張のとおりであることは不知、その余の事実は認める。

(二) 抗弁1の(二)の事実は認める。

(三) 抗弁1の(三)の事実は否認する。

(四) 抗弁1の(四)のうち、本件土地及び旧(一)、(二)の各建物が実質上高木の所有であり、高木が本件土地上に本件建物を建築所有するにつき、坂田から承諾を得、本件土地の使用を認められたことは不知、その余の事実は否認する。

(五) 抗弁1の(五)の事実は不知。

(六) 抗弁1の(六)のうち、本件土地が坂田から他へ所有権が移転し、辻昌子が所有することになったことは認めるが、その余の事実は不知。

(七) 抗弁1の(七)の事実は認める。

(八) 抗弁1の(八)の事実は否認する。

2  抗弁2のうち、被告河内久子、及び同河内富三子が本件建物に居住していることは認めるが、その余の事実は不知。

3(一)  抗弁3の(一)のうち、原告が高木から金六〇〇万円の交付を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。右交付金は手付として支払われたものではない。

(二)(1) 抗弁3の(一)の(1)に対する認否は、前記1の(一)ないし(七)記載のとおりである。

(2) 抗弁3の(一)の(2)及び(3)の各事実は否認する。

第三証拠関係《省略》

理由

一  《証拠省略》によれば、請求の原因1の事実が認められ、これに反する証拠はない。そして、請求の原因2及び3の各事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、被告ら主張の抗弁について判断する。

1  まず、抗弁1(法定地上権の成立)について検討する。

(一)  本件土地は坂田の所有であり、その地上には同じく坂田所有の旧(一)の建物が存在していたところ、原告は、昭和五一年八月二六日坂田から本件土地及び旧(一)の建物につき、同時に抵当権の設定を受け、同年同月二七日その抵当権設定登記が経由されたこと、ところが、その後、旧(一)の建物、及び隣接土地上に存在していた旧(二)の建物(その所有者は新美)が取り毀されて、昭和五二年九月一二日に本件土地及び隣接土地にまたがって、その上に高木が本件建物を建築して所有し、同年一〇月八日高木所有名義の保存登記を了したことは、当事者間に争いがない。

(二)  しかして、《証拠省略》によれば、高木はもと土木請負業(東洋建設)を経営していて、坂田及び新美はその従業員であったところ、高木が高額の負債があってローンを組めないため、坂田及び新美がその名義で他から借金して坂田が本件土地及びその地上の旧(一)の建物を買取り、新美が旧(二)の建物を買取り、右借金は高木がその後支払って来たため、経済的、内部的には右各不動産は高木の所有であったこと、そのため、高木が右旧建物を取り毀して本件土地上に本件建物を建築して本件土地を使用することを坂田は認めていたこと、その後、本件建物は高木から他へ所有権が移転し、安田清子が所有することになったが、昭和五八年四月二五日被告橋本均は右安田から本件建物を買受けて、その所有権を取得し、同年同月二六日その所有権移転登記が経由されたこと、一方、坂田は昭和五三年三月五日死亡し、辻昌子が相続したが、同女は本件土地上に本件建物が存在することにつき異議の申立をせず、右建物の所有者が本件土地を使用することを認めていたこと、原告は、前記抵当権の実行による任意競売において、昭和五八年一二月一六日本件土地を競落して、その所有権を取得したことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

(三)  以上判示の事実によれば、原告が本件土地につき前記抵当権の設定を受けた当時、本件土地上には旧(一)の建物が存在し、本件土地及びその地上の旧(一)の建物は同一所有者(坂田)に属していたものであって、原告は、本件土地の担保価値をその地上に建物が存在しているものとして把握していたというべきであるから、その後右旧建物が取り毀されて、高木が本件土地上に本件建物を建築所有するに至っても、原告の右抵当権の担保価値が低減侵害されるおそれはないものと考えられる。そうすると、前記判示の事実関係においては、原告の前記競落と同時に、被告橋本均は、本件土地につき本件建物に関しての民法三八八条所定の法定地上権を取得したものと解するを相当とする(大審院昭和一三年五月二五日判決、民集一七巻一七号一一〇〇頁参照)。

してみれば、被告ら主張の抗弁1は理由がある。

2  次に、《証拠省略》によれば、抗弁2の事実が認められ、これに反する証拠はない。

三  以上の次第であるから、原告の被告らに対する各請求は、いずれも理由がなく、これらを棄却すべきものである。

四  よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山﨑末記)

<以下省略>

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